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Null Wota Exception

ヌルヲタアラサーがなんか適当に吐き出すところ

修論

 学部生で卒論やってた時には、数ヶ月に一度のペースで中間発表会があり、前刷りも作るしスライドもそれなりのものを作るということを5,6回やってきた。そのため、卒論も発表用のスライドも、それらをいい感じにつなげて(当然だけど必ずどこかでつながる)いくと、良い感じに仕上がった、よかった、と言っていたのを思い出す。

 今回は修士の二年間で、ゼミ発表ももちろんあったけど、二週ごとくらいであった班内のミーティング、そして学会発表というめちゃくちゃ大きなイベントがあった。なので、修論もそれらをつなげていくことで完成する予定である。もちろん脇道にそれた部分とか、論文に乗せるようなことではないこと(加工したとか組み立てたとかいう報告)もあるけど、それは思い出と付録に残っていれば良い。

 学会発表である。修士1年の夏過ぎに初めて行かせてもらった。自分からどこかのシンポジウムに出向いたりということはあったけど、発表するのは初めてだった。学部の時には発表出来なくてちょっと残念だったので、修士ではせめて一度くらいは……と思っていた直後に行けることになり、大変ワクワクしたのを覚えている。

 申し込みは春過ぎにあって、春の段階でいい感じに解析できていたことがあったので、それを報告することになった。論文をどう作ったかというのは実はあまり覚えていない。ただ、結構こっぴどくダメ出しされたのは覚えている。正直結構辛くて、その時期にはもう論文書くのはこれだけでいいやと思うようにすらなった。

 自分で書いた文章が100点だとは思ったことはない。ただ、書いた時点では満足してしまっている。当然次の日とかに見返すとダメダメで、余裕があれば直したりするんだけど、文章を直すのは大変である。なので、直さない。そのまま出す。怒られるのも納得できる。これが仮にパワーポイントのスライドとかだと、簡単に直せるし、過ちも認められるので、はいはい直します~という軽い気持ちで直せるのだけど、文章を色々批判されてしまうと、何か自分まで否定されたような気分になってしまい、辛い。

 パワポを作るのは最近ようやく慣れてきたと思っているので、それなりに完成度の高いものを作れるかもしれない。それがなぜ文章ではダメなのかは分からない。パワポを作る時に無意識に完成度を高めている、文章を書くときにもそんなような状態に持ってこれれば理想だ。で、思ったのは、こうやって推敲もせずブログに書いていることの延長として、論文も書いてしまってはいないか、ということに気づいた。それってとてもダメじゃないか?

 というわけで叱られながらも論文を書いて送って、スライドも作って、いざ学会へ。ただ、その前にスライドの発表時間を規定に収めたりするのに結構苦労した。学会ではそれなりに緊張したけど、別にただ人間がしゃべるだけの作業なので、とか死ぬわけではない、とか考えることで落ち着いて発表できた。ただ後から思い出してうわああっていうのは無くはない。質疑応答が変だったり、懇親会でぼっちになっていたり、思い出すと結構辛い。

 そんなことを三回ほど繰り返して得た結論としては、役に立つのなら学会で発表しても良いのではないかなということだ。折角知った情報を公表しないでおくのはもったいない。あと、人に何かを教えるような気持ちで臨んでいたけど、それもそんなに間違った考え方ではないと思う。何故ならばこの分野のこの辺のこの辺のこの辺のこの辺に関しては俺が世界で一番分かっているからだ。

 なので、会社に入っても機会と(論文を書く)体力があればまた学会に出るのも良いかなって思うのでした。興味深い発表も聞けるし、お金も出るだろうし……。

 そういうことなので、あとは修論と発表を残すのみである。うちの学校では修論が世間に公表されないというのがいささかポリシーに反するが、例えばもし公表した修論に万が一コピペでも見つかったら大問題になるだろうし、そんなに完成度が高くなくてただ長いだけのグチャッとしたものを見せつけられても困る、ということはあるかもしれない。普通の人間には、学会発表位の粒度が調度良いのだろう。博士行く人は頑張ってください。

 これが終わったら旅行だ! 北海道と、金沢と、種子島と、四国と、新潟に行く。海外は社会人になってリッチになってから行きます。といっても量が多いので出費は結構凄いことになりそう。まぁ好きな人たちとただ遊ぶ目的で行けるんだしそんなことは(財政面を除けば)関係ない! では。